90s生まれミレニアル世代のメモ帳/備忘録

アメリカ東海岸の片隅から、読んだ記事や本で気になった箇所をメモするブログ。

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インフレ、円安、少ない給料、税金負担増で少なくなる可処分所得、年収が伸びない日本の若者(ミレニアム世代)が人並みに恋愛して、結婚し子供を育て人並みに生活し一財産を築くため、賃貸とカーシェアリングで持たない/所有しないミニマリスト的な倹約生活をおくり、最低限の掛け捨て生命保険、格安SIM携帯による節約、家で自重筋トレをして体型を保つことでジム代をセーブし、自重トレによる引き締まった体でユニクロをシンプルに着こなし、1000円カットで東アジア系男子に似合う清潔な短髪を維持することによりファッション代を浮かし、自炊と家飲みを充実させ外食費を浮かし、創作、散歩、料理、読書等のお金の掛からない趣味で人生を楽しみ、陸マイルとホテルポイントで無料で家族旅行することで旅行代を浮かし、副業して副収入を得て、サラリーマン+個人事業主の組み合わせで青色申告と経費計上で合法的に節税し、余剰金をインデックス投資に回して資産運用しながら何とか人生を逃げ切るために必要になると思われるライフハックを独断と偏見でメモしていくブログです。

ブログ内容

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英語の達人列伝 影山優佳

動画

来歴

日本のタレント、女優、女性アイドルグループ・日向坂46の元メンバーである影山 優佳の英語力と来歴についてご紹介させていただきます。





 

 

佳子さまの英語力

動画: 佳子さまの英語力 英語スピーチ 海外留学経験 アメリカのボストン、英国リーズ大学へ留学、国際基督教大学(ICU) - YouTube

出身地:東京都港区

佳子さまはこれまでに2回留学されており、1回目はアメリマサチューセッツ州ボストンへ、2回目はイギリス・リーズ大学に留学していた事が分かっています。イギリスのリーズ大学はイギリスの中でも難関大学として知られていますが、佳子さまは実力でしっかりと試験を受けて合格されています。

実は皇室の伝統的な英語の勉強方法が関係しているのだそうです。皇室では日本語が馴染む前の幼少期から英語に触れさせ、英語を英語のままに自然に理解できるよう工夫されているのだそうです。

女性自身

「2月には、日本と世界各国の若者が船で旅をする国際交流事業『世界青年の船』の参加者らと懇談されました。

1時間ほども、各国の若者と通訳を介さずに英語で会話をし、旅の様子などを熱心に聞かれていたのです。また3月下旬には、外務省主催の中南米諸国との交流行事にも出席されています。

佳子さまの国際交流の特徴は、英語が通じるお相手とは、できるだけ通訳を介さずに英語で会話をされること。最近は全力で英語磨きに邁進されているようです」

実は佳子さまはかつて、英語に強い苦手意識をお持ちだったという。秋篠宮ご夫妻の知人は次のように明かす。

「’13年4月に、佳子さまは学習院大学文学部に入学されました(※その後ご退学)。そのころは、『(佳子さまを)英語の授業でお見かけしない』と大学内で評判になるほどで、ほとんど授業に出席されていなかったようです。

実はこのころ佳子さまは、『英語なんて大嫌い』と、おっしゃっていて、語学習得にあまりご熱心ではなかったのです」

そんな佳子さまだが、’13年8月からアメリカのマサチューセッツ州ボストンで、1カ月ほどのホームステイを体験されている。

そんな佳子さまだが、’13年8月からアメリカのマサチューセッツ州ボストンで、1カ月ほどのホームステイを体験されている。

秋篠宮ご夫妻の知人であるハーバード大学の教員の家に滞在されたのです。このとき知り合った人々とは、今も連絡を取り合われることもあるようです」(皇室担当記者)

米国との国際親善ご公務への立候補、そして全力での英語磨き。そうした佳子さまのご動向について前出の宮内庁関係者は、

「米国関係のコネクション作りに励まれているようです。理由の1つとしてはNYで生活する姉・眞子さんをご自身でできる範囲でサポートしたい、という思いもあるでしょう。

佳子さま 英語力磨きに邁進、通訳ナシで国際親善も!消えぬ自由な海外生活への憧れ(2ページ目) | 女性自身

文春オンライン

通訳を介さずに英語で会話される佳子さま
 そんな中、記者たちが目を見張ったのが冒頭の場面だ。2月14日、赤坂東邸で国際交流プログラム「世界青年の船」の参加者と約1時間にわたり面会。海外からの参加者と、身振りを交えながら英語で交流される映像が公開された。

「佳子さまは元々、英語があまりお得意でないと言われており、眞子さんは英語で書いた国際基督教大の卒論も日本語で書かれていた。18年の公務では初めて英語でのスピーチを披露されましたが、原稿に視線を落とされたままでした」(別の宮内庁担当記者)

(2ページ目)佳子さまの英語が激変! ブロンドへアの青年と笑顔で会話 目指すは“眞子さんの道”か… | 文春オンライン

女性自身

秋篠宮家の次女・佳子さまは2月14日、赤坂御用地にある赤坂東邸で、日本と世界各国の若者が船で旅をする国際交流事業「世界青年の船」の参加者らと懇談された。約1時間にわたって、来日した各国の若者と英語でやりとりし、旅の様子や感想を熱心に聞かれていた。

「佳子さまは、海外から来日した賓客とも通訳を介さずに英語でお話しされます。昨年10月にはブータンの王女らと、12月にはベルギーのアストリッド王女と、秋篠宮ご一家は面会されていますが、この時も英語で懇談されています。

2019年、千葉県・宮内庁新浜鴨場での伝統のカモ猟を紹介する恒例行事では、招待された諸外国の駐日大使夫妻らを英語で接待されていました。いまでこそ、ご公務で流ちょうな英語をお話しになりますが、かつて佳子さまは英語に苦手意識を持っておられたのです」(宮内庁関係者)

2013年4月、佳子さまは学習院大学文学部に入学された。秋篠宮ご夫妻の知人はこう明かす。

「そのころ“英語の授業で見かけないね”という話が囁かれるくらいに、佳子さまが英語の授業に出席されているお姿が見られないと大学内で話題になっていたそうです。

 

じつはこのころ、佳子さまは『英語なんて大嫌い』とおっしゃっていて、あまり勉強されていなかったというのです。
この年の8月に、アメリカのマサチューセッツ州ボストンにいるご夫妻の知人宅に1カ月ほどホームステイされました。この体験は海外へのご関心を強めるきっかけになったそうで、帰国された佳子さまの笑顔にも充実感が満ち溢れていたように感じました。それ以降、まるで人が変わったかのように英語を猛勉強されるようになったと聞きました」

翌年に学習院大学を退学し、姉の眞子さんが学ばれていた国際基督教大学ICU)のAO入試を受けて合格された佳子さまは、2015年から同大教養学部で学ばれ始めた。

「眞子さんも担当していた家庭教師に英語の“特訓”を受けられ、佳子さまの英会話のレベルもメキメキと上がっていったと聞いています。また、ボストンでの経験や、多くの留学生が学ぶICUでの学びも、学習へのモチベーションとされていたのでしょう。

なによりも、成年皇族として国際親善に携わられるなかで、世界各国の人々と心を通わせるために、英語を身に着ける重要性を痛感されたのだと思います。こうした努力の成果が、最近のご公務への積極性に表れているといえるでしょう」(前出・宮内庁関係者)

佳子さまがご公務で魅せられる輝かしいほほ笑みは、たゆまぬ努力によって磨かれていたのだ。

佳子さま かつては「大嫌い」と明言されたことも…猛勉強で向上させた“英語力” (2023年2月19日) - エキサイトニュース

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秋篠宮家の次女・佳子さまは2月14日、赤坂御用地にある赤坂東邸で、日本と世界各国の若者が船で旅をする国際交流事業「世界青年の船」の参加者らと懇談された。約1時間にわたって、来日した各国の若者と英語でやりとりし、旅の様子や感想を熱心に聞かれていた。

「佳子さまは、海外から来日した賓客とも通訳を介さずに英語でお話しされます。昨年10月にはブータンの王女らと、12月にはベルギーのアストリッド王女と、秋篠宮ご一家は面会されていますが、この時も英語で懇談されています。

2019年、千葉県・宮内庁新浜鴨場での伝統のカモ猟を紹介する恒例行事では、招待された諸外国の駐日大使夫妻らを英語で接待されていました。いまでこそ、ご公務で流ちょうな英語をお話しになりますが、かつて佳子さまは英語に苦手意識を持っておられたのです」(宮内庁関係者)

2013年4月、佳子さまは学習院大学文学部に入学された。秋篠宮ご夫妻の知人はこう明かす。

「そのころ“英語の授業で見かけないね”という話が囁かれるくらいに、佳子さまが英語の授業に出席されているお姿が見られないと大学内で話題になっていたそうです。

 

じつはこのころ、佳子さまは『英語なんて大嫌い』とおっしゃっていて、あまり勉強されていなかったというのです。
この年の8月に、アメリカのマサチューセッツ州ボストンにいるご夫妻の知人宅に1カ月ほどホームステイされました。この体験は海外へのご関心を強めるきっかけになったそうで、帰国された佳子さまの笑顔にも充実感が満ち溢れていたように感じました。それ以降、まるで人が変わったかのように英語を猛勉強されるようになったと聞きました」

翌年に学習院大学を退学し、姉の眞子さんが学ばれていた国際基督教大学ICU)のAO入試を受けて合格された佳子さまは、2015年から同大教養学部で学ばれ始めた。

「眞子さんも担当していた家庭教師に英語の“特訓”を受けられ、佳子さまの英会話のレベルもメキメキと上がっていったと聞いています。また、ボストンでの経験や、多くの留学生が学ぶICUでの学びも、学習へのモチベーションとされていたのでしょう。

なによりも、成年皇族として国際親善に携わられるなかで、世界各国の人々と心を通わせるために、英語を身に着ける重要性を痛感されたのだと思います。こうした努力の成果が、最近のご公務への積極性に表れているといえるでしょう」(前出・宮内庁関係者)

佳子さまがご公務で魅せられる輝かしいほほ笑みは、たゆまぬ努力によって磨かれていたのだ。

佳子さま かつては「大嫌い」と明言されたことも…猛勉強で向上させた“英語力” (2023年2月19日) - エキサイトニュース

英語達人列伝 竹内由恵アナウンサー

www.youtube.com

竹内由恵アナ 英語が話せない海外暮らしで友達と仲良くなった方法は? | AERA dot. (アエラドット)より引用

小学4年生から中学3年生までを海外で過ごした竹内さん。さまざまな国での出会いが、今に、どんな影響を与えてくれたかを語ってくれた。

中学1年生のときに家族で旅行したイタリアのトスカーナで(本人提供)

小学校4年生のときに父の仕事の関係でニューヨークに引っ越しました。

 実は、行く前はちょっとウキウキしていました。当時私はアトピー性皮膚炎が大変な時期で、まわりの人と違う見た目を気にしていました。だから、アメリカには髪が赤い子や、そばかすの子、肌の色もいろいろな人がいると聞き、「私のアトピーも変わったことじゃないのかな」と思えたんです。でも、実際、向こうに行ったら、(見た目のことよりも)英語に苦戦しました。ABCを全部言えないレベルだったので、当然話せないし、みんなが何を言っているかもわかりません。

 それでもなんとかしてコミュニケーションをとろうと、私がみつけた方法が絵でした。といっても、私の絵がとくにうまいのではなく、日本の子は比較的、絵が上手なようで、絵を描くとすごいねってほめてくれるんです。それがうれしくて、友達と一緒に登った木の上で絵を描いたり、一緒に歌ったり。ワイワイとおしゃべりはできないけれど、それとは違った楽しみ方で友達と遊んでいたのを覚えています。

 中学生になると今度は父の転勤でスイス、イギリスで約3年間過ごし、帰国しました。

 いろいろな文化や、いろいろな国の人がまざりあっている国々でくらすことで、さまざまな考えや生き方があることを知り、どんな考え方でもどんな生き方でもありだよね、とすごく柔軟になれたと思います。

受験・仕事・子育ても!「使える英語」で人生をもっと豊かに〜タレント・竹内由恵さんインタビュー〜|【公式】「ディズニー英語システム」(DWE)|子供・幼児英語教材|ワールド・ファミリーより引用

小中学校をアメリカ・スイス・イギリスで過ごし、海外で習得した「使える英語」を活用し、帰国後は音楽番組や報道キャスターとして活躍。世界のアスリートやセレブたちに、流ちょうな英語でインタビューをする竹内由恵さんの姿をご覧になられた方もいらっしゃるのではないでしょうか。

Q1. 9歳で渡米されたときの心境と英語の習得法について聞かせてください。

Q1. 9歳で渡米されたときの心境と英語の習得法について聞かせてください。

アメリカ時代の竹内さん

父の転勤で小学4年生のときにニューヨークに引っ越すことになり、3年間ほど現地の公立校に通いました。まだアルファベットさえ読めないような状態で、言葉の面で不安はありましたが、アメリカで暮らすことに対しては期待の方が大きかったことを覚えています。

子供の頃、私はアトピー肌で悩んでいました。先に渡米していた父から「アメリカにはいろんな人種がいるから、ブツブツ肌なんて誰も気にしないよ」と言われ、肌の色や国籍や言葉が違う環境の中で暮らすことが楽しみでした。

実際学校に行ってみると、初日からクラスメートたちが私のまわりに集まってきて、興味津々で話しかけてきてくれました。何を言っているかわからなかったのですが、身振り手振りをまじえて自分のできる限りの方法でコミュニケーションをとろうとしました。

言いたくても言えないことがあると、絵を描いて友達に見せたりして。するとみんな、「これは何?」とか「すごく上手!」という感じでほめてくれたんですよ。日本人はまわりに1人もいませんでしたが、寂しい思いをすることはありませんでした。日本語を話す機会がなかったことが、私にはかえって良かったのだと思います。

学校では、英語を母国語としない生徒たちのための英語補習クラスで授業を受け、家では毎日のように家庭教師から英語を教わりました。文法や単語を覚えるというより、家の中でジャンプしたり歌ったり、ボディランゲージで英語を教えてくれるような先生で、体を使って遊びながら英語を身につけた感じです。
そのうちだんだんと英語の聞き取りができるようになってきて、2年後には夢も英語、寝言も英語で言うほどになりました(笑)。

Q2. スイスとイギリスでは、どのような中学時代を過ごされたのですか?

Q2. スイスとやイギリスでは、どのような中学時代を過ごされたのですか?

スイス時代の家族との思い出

アメリカの後、スイス、イギリスには1年半ずつ滞在しました。それぞれにいろいろな思い出があります。インターナショナル・スクールに通ったスイスでは、冬になると週末ごとにスキーに行き、家族とたくさんの時間を過ごすことができました。

また、イギリスでは女子校に通いました。それまで会ったこともないくらい勉強熱心なインド人や韓国人の友達ができ、刺激を受けましたね。その子たちの家でいっしょにテスト勉強した思い出もあります。

アメリカ滞在中に身につけた英語のおかげで、どの国でもコミュニケーションに困ることはありませんでした。いろいろな人種や文化、考え方の違いにふれることで、柔軟性が身についたように思います。海外での生活体験は、今の私の原点になっているといえるかも知れません。

Q3. 英語が話せることのメリットについてお聞かせください。

Q3. 英語が話せることのメリットについてお聞かせください。

アナウンサーとしてソチ五輪を取材

英語を学んだことによるメリットは本当にたくさんありました。
まず、帰国後の高校受験では「帰国生」の枠で受験し、念願の学芸大学附属高校に入学することができました。偏差値の高い学校としても知られていますが、優秀な生徒たちと机を並べながら高校生活を送ることができたことを今も誇りに思っています。
大学は一般受験をして第一志望校に合格しました。日本の大学入試は英語の配点が占める割合が大きい学部が多いので、英語ができると受験にはとても有利です。

アナウンサーという仕事に就いてからも、英語が大いに役に立ちました。私はスポーツを担当することが多かったのですが、2012年のロンドンオリンピックでは、現地リポーターとして世界中から来た選手たちを取材しました。
期間中、大活躍した外国人選手がふとインタビューエリアを通り過ぎたときなども、スタッフから「英語のインタビューは竹内に」という感じで、イレギュラーな取材も任せてもらえました。

2013年のサッカーW杯アジア最終予選で、本田圭佑選手がフリーキックを決めた試合も現地でリポートしました。そのときも、相手チームのゴールキーパーが偶然私の目の前を通り過ぎたので、とっさに「あのシュートは予測できましたか?」と英語で声をかけました。
日本チームがW杯の出場権を獲得した大きな試合だっただけに、取材したときの彼のコメントが何度もオンエアされ、とてもうれしかったことを覚えています。
ある報道番組では、世界的に有名な映画監督のクエンティン・タランティーノ氏にインタビューするという貴重な機会をいただいたことも忘れられません。

子供の頃に英語と出会い、習得した英語が大人になってから思いもよらないところで役に立ち、たくさんのチャンスと自信を与えてくれました。

Q4. 使える英語を身につけるために大切なことは何ですか?

Q4. 使える英語を身につけるために大切なことは何ですか?

アメリカ時代の楽しかったおしゃべり

日本は今、小学校から外国語活動がはじまり、多くの人が英語の勉強にたくさんの時間を費やしてしていると思うんです。
一方で、日常的に英語を使う環境が少ないために、なかなか自分の英語力に自信がもてない人が多いのではないでしょうか。私が子供の頃の経験を通していえることは、英語はただ単語を記憶するのではなく、実践や体験を通して学ぶことで使えるようになるのではないかということです。

暗記によって短時間のうちに頭の中に詰め込んだ知識は忘れやすいものです。
試験勉強のために一夜漬けで覚えた世界史などが良い例です。
逆に、実際に外国の人と話したり、コミュニケーションのツールとして使った英語はなかなか忘れません。小学生のとき、ニューヨークでいっしょに木登りをしながら絵を描いて遊んだこと、ハロウィンやクリスマスパーティーでの楽しかったおしゃべりは、今でもはっきりと思い出すことができます。
経験を通して習得した英語はずっと記憶に残り、将来においても役に立つと思います。

Q5. お子さまの英語教育に関してはどのような工夫をされていますか?

Q5. お子さまの英語教育に関してはどのような工夫をされていますか ?

バイリンガル育児を実践中

息子はまだ1歳前ですが、自宅では私自身が好きだった映画『サウンド・オブ・ミュージック』の『ドレミの歌』や『My Favorite Things』、ほかにも定番の『ABCの歌』といった英語の歌を歌って聞かせています。『ジングルベル』は季節を問わず、息子の大好きな歌。聞くとニコッと笑ってくれて、ご機嫌が良くなるんですよ。早いうちに英語にふれることは、良いことだと思っています。

あとは、私の仕事中にアメリカ人のベビーシッターさんに英語で話しかけてもらったりしています。英語の抑揚が心地良いのか、おしゃべりを聞きながら笑ったりしています。また、その方に見ていただいているときは、私も英語で息子に話しかけるようにしています。"Oh, you are so good!"とほめたり、"You like to throw that ball."と状況説明したり...。とくに勉強させたいという気持ちではなく、私も楽しみながら英語特有のノリノリな感じで話しています。

赤ちゃんのうちに英語をたくさん聞かせ、話しかけながら、英語の楽しさを伝えられたら良いですね。

義理の兄に5歳の男の子がいるのですが、最近英語を習わせはじめ、とても楽しんでいるようです。音が出る英語の絵本を鳴らしたり、いっしょに歌ったりしています。息子にも日常生活の中で自然に英語とふれ合えるような機会を用意したいと考えています。

英語の歌、絵本に加え、英語を話す友達や英会話を聞く機会を作るなど、子供に英語の環境を整え、さまざまな選択肢を与えてあげるのは親の役割だと思います。いつか我が子にも、留学などの海外体験をさせてあげたいですね。

Q6. 身につけた英語力をこれからどのように活用していかれますか?

もともとインタビューすることが大好きなので、世界で活躍されている方々を英語で取材できたら良いなと思っています。

最近時間があるときにRebecca Jarvisという女性ジャーナリストによる「No Limits」というインタビュー記事をインターネットで聞いています。アメリカのTV局、ABCニュースで活躍している方で、世界中の女性起業家を取材して紹介しているのですが、10歳で会社を立ち上げた女の子の話や、史上最年少で会社を上場させた女性のサクセスストーリーなど、興味深いエピソードが満載です。

彼女のように、聞く人がワクワクするような、元気と勇気を与えられるようなインタビューができたら、これからの人生がさらに豊かになるのではないかと考えています。今後も英語を学び続け、仕事も子育ても私なりに楽しみたいと思っています。

インタビューを終えて

アルファベットも読めなかった小学4年生で渡米し、2年で使える英語を身につけた竹内さん。
机上の学習ではなく、遊びや実践の中で習得した生きた英語は帰国後の高校・大学受験をはじめ、現在のお仕事を続ける上で大きな自信になったといいます。幼少期に英語を学んだことで身につけた広い視野と柔軟な感性は、これからのバイリンガル子育てにも生かされていくに違いありません。