Safari Man[サファリマン] – NY駐在日記/洋楽歌詞の和訳で英語を勉強しTOEIC900を目指す

備忘録/雑誌Safari[サファリ]のようにメンズセレブファッションを紹介が元々のコンセプト/洋楽歌詞で英語を勉強する方法を紹介/既婚/ニューヨーク駐在中/TOEIC915/陸マイラー/駐在中1,475万円分のマイル・ホテルポイントを稼ぐ/ファッションバイヤー/副業・複業(輸出入業)/1990s | 彼の英文は、それまで見てきたどの英作文よりも飛び抜けて英語らしく、私はてっきり彼が英語圏で教育を受けたものと思い、「どこに何年住んでいたの」と聞きました。ところが、それに対して彼は、「いいえ。海外に住んだこと

LAロングビーチ アジア系ギャングのドキュメンタリー - Inside the Asian Crip Gangs of Long Beach

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カンボジアアメリカ人...

・始めに
 一般的に北米で「アジア人/asian」と呼ばれる民族群は、東アジア人と東南アジア人と南アジア人に大別され、LAギャング・シーンでは東南アジア人が目立った存在である。
 この「東南アジア人」はさらに古参のフィリピン人と、主に1970年代以降にアメリカに移住してきたカンボジア人の二民族が主流となっている。
 
 
 かつては米領であったフィリピンは、またスペイン植民地でもあったために、伝統的にフィリピン人はメキシコ人と親和性が高かった。彼ら「ピノイ」はLAギャング黎明期の1920年代から、セントラルLAのテンプル・ストリートなどのギャングに加入しており、1940年代には大勢のピノイ・パチューコがいたという話もある。
 民族覚醒の時代であった1970年代以降もサタナス、ピノイ・ロコスなどのギャングが出現し、LAの「褐色人種」の一民族として目立たないながらも重要な地位を占めてきた。
 
 一方で1970年代から、クメール・ルージュによる祖国の混乱を逃れてボート・ピープルとしてアメリカにやってきたカンボジア人と、やはり共産主義政権の誕生によってアメリカに来たヴェトナム人やラオ人などは、主としてLA郡南部のロングビーチに定住した。
 パチューコの伝統を持たなかったばかりか、英語すらおぼつかないものが大半だった彼らが結成したタイニー・ラスカル・ギャングスターズ/TRGとアジアン・ボーイズ/ABZは、やはりLAギャング界の新参者である黒人と共通する部分があり、いくつかのギャングは後により純粋なストリートギャングであるクリップス/ブラッズへと転向した。
 そしてフレズノに定住したモン族は、メナース・オブ・デストラクション/MODなどを結成し、同じく多くのモン族を

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