Safari Man – 海外駐在日記 | 洋楽歌詞の和訳で英語を勉強しTOEIC900を目指す

彼の英文は、それまで見てきたどの英作文よりも飛び抜けて英語らしく、私はてっきり彼が英語圏で教育を受けたものと思い、「どこに何年住んでいたの」と聞きました。ところが、それに対して彼は、「いいえ。海外に住んだことはありません」と答えたのです。これには二度驚きました。  よく話を聞いてみると、彼は中学に入ったころから大の洋楽ファンとなり、歌詞を懸命に覚えただけでなく、添えられている和訳を読むだけでは満足できずに、辞書などを調べて原文の意味を理解しようとしたというのです。

日経のIIJ会長 鈴木幸一氏の経営者ブログが面白い

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毎週火曜日が楽しみでたまらないです。なぜなら火曜日は日経のIIJ会長 鈴木幸一氏の経営者ブログが更新されるからです。

個人的には、氏が世界中を飛び回ってる中で書かれていることを読むのが好きです。ほんとうに一年中世界を回っているのではないかと思うほどのライフスタイルです。

 サンノゼに行くと、まずコンピューター関係の雑誌を買い集めては、ホテルに持ち込み、小さな広告までくまなく見る。面白そうな製品や技術の広告を見つけると、オフィスに電話をかけて、アポを取り、小さな企業に出向く。風に吹かれて、ゆらゆらと漂うようなプロペラ機に乗って、小さな町に着くと、地図を広げて、訪ねる企業の場所を探す。田舎町のひなびたスーパーの2階がオフィスだったり、場所を探すのもひと苦労だった。おおかた、10人か20人の若い技術者が企業をつくっていた。貧弱なオフィスで話を聞くと、思いの大きさと、情熱だけが伝わってきた。企業というより、仲間の情熱だけがほとばしっているグループが多かった。起業家の時代だった。

 

■吹き出したくなる過去

 給与もマトモに払えなかったIIJが、西海岸で訪ねた企業にどんなに興味を持っても、彼らに投資などできるわけもなく、交流のあった商社の知人に紹介するだけだった。IIJそのものが、風にひらひら揺れながら目的地にたどり着くプロペラ機のようなものだった。東京都心のオフィスは、1年半後には解体予定のビルの、人通りの多い1階で、ショールームだった場所だ。ブラインドも買えず、西日を遮るために、コンピューターの機器類を黒い傘で覆っていた。そんな奇妙なIIJのオフィスを目にした道行く人の、「この会社、まだ夜逃げをしない」という会話が聞こえたかもしれない。なんとかインターネットのサービスを始めることができ、将来が見えるようになると、今度は、世界中を歩き回った。エコノミークラスで、年に60回も海外に出張する日々が続くようになった。なんだか吹き出してしまう。暮れになると、その頃のことが浮かんで、ちょっとだけ記したくなるのだ。私にとって、そんな記憶は、師走の角笛みたいなものである。吹き出しながら、「頑張らなくては」と、子供っぽい言葉が浮かぶのだ。

 Source : 企業が巨人化し、起業が減少する時代 (鈴木幸一氏の経営者ブログ) :日本経済新聞